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中学受験と学力
学力とは何か。
色々な立場の方が、
様々な視点で定義していると思います。
私は学力を
「学ぶ力」であり、
「学び取る力」である、と考えています。
知識を豊富に詰め込まれていても
それは、与えられた情報をインプットすることができた、
情報として「学び取った」という側面では学力かも知れませんが、
それは部分的な側面に過ぎないのです。
世の中を生きるために・・・
社会で生き抜くために・・・
理想を言うなら、
人生で何かを成し遂げるために・・・
もっと俗っぽいことを言うのなら、
出世してお金を稼ぐために・・・
自分の力、すなわち生きる力や知恵を身につけていなければ
結局、使えない人間、動けない人間として埋もれることでしょう。
どれだけ学歴だけが高くても、
活きた力を身につけていないのなら、
結局、その他大勢の中に埋没するだけです。
本当に必要な力は
与えられたことを処理する力だけではなく、
お膳立てされていなくても、
目の前の様々な事象から
自らが学び取ろうとする力なのではないでしょうか。
そうした人々が
先頭に立ち、時代を切り拓き、
歴史を作ってきたのです。
言われたことや
マニュアルを守ってきただけ、の
リテラシーの無い、知識を暗記するだけの意識で育った
受け身な学習意識の人々が
そうした役割を果たすことができるか、
答えは言うまでもないはずです。
中学受験をして、
学歴を得て、一体何とするのか。
私は中学受験をするのなら
学歴に満足するのではなく、
それだけ学んだことを活かして、
世の中のために、そして人々のために、
何かを成し得たい、という志を持てる人になって欲しい。
受験がゴールで満足し、
どこへ行っても、
「自分は○○中高を卒業して、●●大学を卒業しました。」
という自己紹介しかできない、
学歴にすがるしかない人にはなって欲しくないのです。
その意味においても、
学力とは自ら学び取る力であってもらいたい。
受験で学びが終わるのではなく、
生涯、何らかの目標や、成し得たい事柄の実現に向けて、
学び続ける人に育って欲しいから。
ただし、
私は自らの育てたい人物像から
学力を「学び取る力」と定義しましたが、
そうした「自己実現型」の学力だけではなく、
マニュアル教育で形成する学力が必要とされているケースもあります。
その意味において、
マニュアル型の教育を否定するつもりはありません。
その話は次回・・・
色々な立場の方が、
様々な視点で定義していると思います。
私は学力を
「学ぶ力」であり、
「学び取る力」である、と考えています。
知識を豊富に詰め込まれていても
それは、与えられた情報をインプットすることができた、
情報として「学び取った」という側面では学力かも知れませんが、
それは部分的な側面に過ぎないのです。
世の中を生きるために・・・
社会で生き抜くために・・・
理想を言うなら、
人生で何かを成し遂げるために・・・
もっと俗っぽいことを言うのなら、
出世してお金を稼ぐために・・・
自分の力、すなわち生きる力や知恵を身につけていなければ
結局、使えない人間、動けない人間として埋もれることでしょう。
どれだけ学歴だけが高くても、
活きた力を身につけていないのなら、
結局、その他大勢の中に埋没するだけです。
本当に必要な力は
与えられたことを処理する力だけではなく、
お膳立てされていなくても、
目の前の様々な事象から
自らが学び取ろうとする力なのではないでしょうか。
そうした人々が
先頭に立ち、時代を切り拓き、
歴史を作ってきたのです。
言われたことや
マニュアルを守ってきただけ、の
リテラシーの無い、知識を暗記するだけの意識で育った
受け身な学習意識の人々が
そうした役割を果たすことができるか、
答えは言うまでもないはずです。
中学受験をして、
学歴を得て、一体何とするのか。
私は中学受験をするのなら
学歴に満足するのではなく、
それだけ学んだことを活かして、
世の中のために、そして人々のために、
何かを成し得たい、という志を持てる人になって欲しい。
受験がゴールで満足し、
どこへ行っても、
「自分は○○中高を卒業して、●●大学を卒業しました。」
という自己紹介しかできない、
学歴にすがるしかない人にはなって欲しくないのです。
その意味においても、
学力とは自ら学び取る力であってもらいたい。
受験で学びが終わるのではなく、
生涯、何らかの目標や、成し得たい事柄の実現に向けて、
学び続ける人に育って欲しいから。
ただし、
私は自らの育てたい人物像から
学力を「学び取る力」と定義しましたが、
そうした「自己実現型」の学力だけではなく、
マニュアル教育で形成する学力が必要とされているケースもあります。
その意味において、
マニュアル型の教育を否定するつもりはありません。
その話は次回・・・
失敗・・・
本日、某所で研修をしてきたのですが、
失敗でした・・・
本来なら、全員を巻き込んで進行をしなければ
ならなかったのに、一人だけ2度も当てることなく
進行をしてしまった。
しかも、
研修中に、その方自身に指摘をされることに。
自分が、言っていたことを自分で実践できなかった
大きな失敗です。
大きな意図など無く、
純粋に流れの中で、後に取っておこう
と思った程度だったので、
余計に自らの意識を引き締められるきっかけになりました。
まだまだ、甘いですね。
失敗でした・・・
本来なら、全員を巻き込んで進行をしなければ
ならなかったのに、一人だけ2度も当てることなく
進行をしてしまった。
しかも、
研修中に、その方自身に指摘をされることに。
自分が、言っていたことを自分で実践できなかった
大きな失敗です。
大きな意図など無く、
純粋に流れの中で、後に取っておこう
と思った程度だったので、
余計に自らの意識を引き締められるきっかけになりました。
まだまだ、甘いですね。
「学習塾」ってNANDA?
おひさしぶりです。梅雨明けしてから雨の毎日ですね。
さて、
現在、学習塾の在り方が、非常に微妙な立ち位置にあると思います。
学校をどこか敵視したり見下す学習塾や、難関校の合格というゴールしか見ていない塾も多いように感じます。昔からですけどね。
「学校はまだそんなとこ教えてるのか。だめだなぁ」・・・こういう話を子供の前でしてみせて、優越感に浸る先生は少なからずいる。というより私が子供の頃からいました。
「●●学校に10名挑んで4名合格しかたらまあまあだな。」・・・あれ?残り6名はどうなったのか。学校へ受験する子供は学習塾にとってのただの弾になってはいけない。
塾という立場もまぁ難しいものだと思います。保護者の方にはきちんとした満足と安心と結果を提供しなければならないし、かといって子供達に躍起になって成績上げろと怒鳴りつけても定着率には結びつかないだろうと思います。逆に子供にとってただ居心地良い場所では勉強しなくなってしまう事もあるでしょうし・・・
私が以前いた会社でもある塾の卒業生と話す機会があってその時言っていたのは「確かにあの塾通ってて合格できたけど、不愉快な思い出しか無い。二度と顔出さない」という言葉でした。
そりゃ子供だって勉強しなくていいならしたくないっていう気持ちはあるでしょうから、勉強する空間作りって大切なんですよね。圧迫させたり脅迫まがいの方法はまずいですし、かといって間違った意味で子供目線で接するとすぐ子供はその先生を「いいヤツだけどちょろい」と思ってしまう。
私自身の過去を振り返ってもそうですけれど、子供は大人が思ってる以上に色々な事を覚えています。言われた言葉や態度、先生の目つきからなにまでです。
・・・と話が逸れましたが、つまり言いたいことは「学習塾は子供をナメちゃいけない」「塾と保護者は連携を取らないといけない」という事です。
様々な学習塾の代表者とお話をさせて頂くとよくある意見として
「保護者は塾にお金を払えば子供が勝手に育ち成長し、結果合格すると思っている」という意見。
確かにそうなれば素晴らしいですよね。最強の魔法のようなものだと思います。
しかし現実は子供のモチベーションや、目の前にある壁、日常で抱える悩みなどが結構勉学に影響したりするものです。
その為にも、保護者と学習塾は繋がっていて、定期的にお子さんの現状を説明したり、逆に学校や家で最近どうなのかという話を聞きながら、日々接し方に創意工夫をする事も「学習塾」の役目なのかなぁとも考えています。
学習塾が子供に対しノウハウや勉強方法、モチベーションなどをさせて育む一方で、保護者や子供から色々な事を得て学習塾も経験値を増やしていく。これがいわゆる「教育=共育」なのではないでしょうか。
我々も今秋から出師塾なる定員制学習塾を開校する予定となっています。理想と現実のギャップを極力無くし、関わる子供の人生の土台作りと夢・目標をしっかり持ち、それに向かって実現力を培える場になれば・・・と強く思います。
やっと夏休みを迎えた子供達にとっては、田舎へ行って海で泳いで山で遊んでスイカを食べてドラクエをする事のほうが最優先事項かもしれませんけど(笑)
定員制
中学受験学習教室
出師塾
さて、
現在、学習塾の在り方が、非常に微妙な立ち位置にあると思います。
学校をどこか敵視したり見下す学習塾や、難関校の合格というゴールしか見ていない塾も多いように感じます。昔からですけどね。
「学校はまだそんなとこ教えてるのか。だめだなぁ」・・・こういう話を子供の前でしてみせて、優越感に浸る先生は少なからずいる。というより私が子供の頃からいました。
「●●学校に10名挑んで4名合格しかたらまあまあだな。」・・・あれ?残り6名はどうなったのか。学校へ受験する子供は学習塾にとってのただの弾になってはいけない。
塾という立場もまぁ難しいものだと思います。保護者の方にはきちんとした満足と安心と結果を提供しなければならないし、かといって子供達に躍起になって成績上げろと怒鳴りつけても定着率には結びつかないだろうと思います。逆に子供にとってただ居心地良い場所では勉強しなくなってしまう事もあるでしょうし・・・
私が以前いた会社でもある塾の卒業生と話す機会があってその時言っていたのは「確かにあの塾通ってて合格できたけど、不愉快な思い出しか無い。二度と顔出さない」という言葉でした。
そりゃ子供だって勉強しなくていいならしたくないっていう気持ちはあるでしょうから、勉強する空間作りって大切なんですよね。圧迫させたり脅迫まがいの方法はまずいですし、かといって間違った意味で子供目線で接するとすぐ子供はその先生を「いいヤツだけどちょろい」と思ってしまう。
私自身の過去を振り返ってもそうですけれど、子供は大人が思ってる以上に色々な事を覚えています。言われた言葉や態度、先生の目つきからなにまでです。
・・・と話が逸れましたが、つまり言いたいことは「学習塾は子供をナメちゃいけない」「塾と保護者は連携を取らないといけない」という事です。
様々な学習塾の代表者とお話をさせて頂くとよくある意見として
「保護者は塾にお金を払えば子供が勝手に育ち成長し、結果合格すると思っている」という意見。
確かにそうなれば素晴らしいですよね。最強の魔法のようなものだと思います。
しかし現実は子供のモチベーションや、目の前にある壁、日常で抱える悩みなどが結構勉学に影響したりするものです。
その為にも、保護者と学習塾は繋がっていて、定期的にお子さんの現状を説明したり、逆に学校や家で最近どうなのかという話を聞きながら、日々接し方に創意工夫をする事も「学習塾」の役目なのかなぁとも考えています。
学習塾が子供に対しノウハウや勉強方法、モチベーションなどをさせて育む一方で、保護者や子供から色々な事を得て学習塾も経験値を増やしていく。これがいわゆる「教育=共育」なのではないでしょうか。
我々も今秋から出師塾なる定員制学習塾を開校する予定となっています。理想と現実のギャップを極力無くし、関わる子供の人生の土台作りと夢・目標をしっかり持ち、それに向かって実現力を培える場になれば・・・と強く思います。
やっと夏休みを迎えた子供達にとっては、田舎へ行って海で泳いで山で遊んでスイカを食べてドラクエをする事のほうが最優先事項かもしれませんけど(笑)
定員制
中学受験学習教室
出師塾
人間観察力のある人間とは?
以前勤めていた会社に、過去にホテルの接客サービスを何十年もやっていたという方がいた。
その人いわく、「何千人と色々なお客様を見てきたから、表情や顔つきを見るだけで、人格やなにを考えているかが分かる」と言う。
その方に我々当時新入社員は色々な事を言われた。
「あー。なるほど、君はそういう人格か」
とか
「このメンバーの中で足を引っ張りそうな人がいるな。名前は言わないけど」
などなど。
僕自身、その後の社会人生活の中で、人材コーディネートや様々な形態の採用活動に携わってきたので言いたい。
相手の事が手に取るように分かった気でいるのは錯覚か慢心じゃないのかと。
相手の心の奥まで見えるわけでは無いし、まして答え合わせが出来るわけでもないのに、「君の事が分かる」と言い切ってしまう人間は滑稽なんじゃないかと。
それと、もうひとつ思う事は、「相手の事が見えるなら、相手がなにをされ、なにを言われたらどう思うかまで見ろ」という点。
「君はそういう人格か」とか「この中に足を引っ張りそうないとがいる」などと言う発言をして、無意味に全員を疑心暗鬼させ「俺の事じゃないか」と思わせるやり方は実にコスい。
会社にもよく「自分は人より上にいる」と思い込んでいる人はよく見かけるが、人の評価をしたり、その人が尊敬に値するかどうかを判断するのは他人である事を忘れてはいけない。
最近、律儀に頑張ってる人が我慢し続けた結果、鬱になったり体調壊したりして、理不尽な環境を我慢出来た者がさも偉いかのような現象が起きているような気がする。
「社会とは思い通り行かなく、厳しいものだ」と一見格好いいような言葉があふれているが、それを履き違えた社風の会社は困ったものだと思う。
人を見る力とか、コミュニケーション力には、相手を思いやる気持ちが欠けては成立しないと過去の実体験から悟りました。
今の子供たちが周囲の顔色ばかりうかがって過ごし、社会人になって地位を築くと傲慢になってしまうのでは切ないですね。
あ、ゴールデンウィークは軽井沢で羽根を伸ばしました(笑)
信州の蕎麦は最高です!
その人いわく、「何千人と色々なお客様を見てきたから、表情や顔つきを見るだけで、人格やなにを考えているかが分かる」と言う。
その方に我々当時新入社員は色々な事を言われた。
「あー。なるほど、君はそういう人格か」
とか
「このメンバーの中で足を引っ張りそうな人がいるな。名前は言わないけど」
などなど。
僕自身、その後の社会人生活の中で、人材コーディネートや様々な形態の採用活動に携わってきたので言いたい。
相手の事が手に取るように分かった気でいるのは錯覚か慢心じゃないのかと。
相手の心の奥まで見えるわけでは無いし、まして答え合わせが出来るわけでもないのに、「君の事が分かる」と言い切ってしまう人間は滑稽なんじゃないかと。
それと、もうひとつ思う事は、「相手の事が見えるなら、相手がなにをされ、なにを言われたらどう思うかまで見ろ」という点。
「君はそういう人格か」とか「この中に足を引っ張りそうないとがいる」などと言う発言をして、無意味に全員を疑心暗鬼させ「俺の事じゃないか」と思わせるやり方は実にコスい。
会社にもよく「自分は人より上にいる」と思い込んでいる人はよく見かけるが、人の評価をしたり、その人が尊敬に値するかどうかを判断するのは他人である事を忘れてはいけない。
最近、律儀に頑張ってる人が我慢し続けた結果、鬱になったり体調壊したりして、理不尽な環境を我慢出来た者がさも偉いかのような現象が起きているような気がする。
「社会とは思い通り行かなく、厳しいものだ」と一見格好いいような言葉があふれているが、それを履き違えた社風の会社は困ったものだと思う。
人を見る力とか、コミュニケーション力には、相手を思いやる気持ちが欠けては成立しないと過去の実体験から悟りました。
今の子供たちが周囲の顔色ばかりうかがって過ごし、社会人になって地位を築くと傲慢になってしまうのでは切ないですね。
あ、ゴールデンウィークは軽井沢で羽根を伸ばしました(笑)
信州の蕎麦は最高です!
コミュニケーション力を育てる1
今の子どもたちに足りない力は何か
その中の大きな課題の1つは
コミュニケーション力ではないしょうか。
教員採用試験のための面接練習や模擬集団討論などで
指導をしていると、子ども達に必要な力の中に必ずといって良いほど、
コミュニケーション力という言葉が挙がります。
しかし、コミュニケーション力という言葉ほど
曖昧なものはありません。
具体的にどんな力を指すのか・・・
私なりに考えるなら
・人の話を聴く力
・相手の状況・心情を推察する力
・異なる価値観を受け止める力
・自分の意思を上手に伝える力
・相手の話を引き出す力
これらの力が「バランス良く」構成されてこそ、
コミュニケーション力がある、と言えるように思います。
どれかが欠けてしまっても、
コミュニケーションの歯車は上手に回らないのではないでしょうか。
個性・自主性を重視する教育に偏った現在、
自己主張は強くても、
コミュニケーション力という観点では
果たしてきちんとした教育はなされているでしょうか。
・人の話を聴く
・相手の状況・心情を察する
・異なる価値観を受け止める
・自分の意思を「上手に伝える」
・相手の話を引き出す
この中で
現代の子どもたちが突出しているのはどれでしょうか。
ゆとり社員の現状などを見ると
どれも足りていないようにも思えます。
しかし、
その中でも
分析をしてみると、
実は1つだけ突出している部分があるのです。
それは・・・
・相手の状況・心情を察する力
です。
意外ではないですか?
察してTPOに合わせた行動を起こせるか、
という点に関して言えば、答えは微妙なのですが、
現代の子どもは意外と
「相手の状況・心情を察する力」
だけは突出しているのではないか、と思うのです。
その理由はまた次回・・・
【人気塾講師直伝!】『家庭で伸ばす本当の学力』メールセミナー
その中の大きな課題の1つは
コミュニケーション力ではないしょうか。
教員採用試験のための面接練習や模擬集団討論などで
指導をしていると、子ども達に必要な力の中に必ずといって良いほど、
コミュニケーション力という言葉が挙がります。
しかし、コミュニケーション力という言葉ほど
曖昧なものはありません。
具体的にどんな力を指すのか・・・
私なりに考えるなら
・人の話を聴く力
・相手の状況・心情を推察する力
・異なる価値観を受け止める力
・自分の意思を上手に伝える力
・相手の話を引き出す力
これらの力が「バランス良く」構成されてこそ、
コミュニケーション力がある、と言えるように思います。
どれかが欠けてしまっても、
コミュニケーションの歯車は上手に回らないのではないでしょうか。
個性・自主性を重視する教育に偏った現在、
自己主張は強くても、
コミュニケーション力という観点では
果たしてきちんとした教育はなされているでしょうか。
・人の話を聴く
・相手の状況・心情を察する
・異なる価値観を受け止める
・自分の意思を「上手に伝える」
・相手の話を引き出す
この中で
現代の子どもたちが突出しているのはどれでしょうか。
ゆとり社員の現状などを見ると
どれも足りていないようにも思えます。
しかし、
その中でも
分析をしてみると、
実は1つだけ突出している部分があるのです。
それは・・・
・相手の状況・心情を察する力
です。
意外ではないですか?
察してTPOに合わせた行動を起こせるか、
という点に関して言えば、答えは微妙なのですが、
現代の子どもは意外と
「相手の状況・心情を察する力」
だけは突出しているのではないか、と思うのです。
その理由はまた次回・・・
【人気塾講師直伝!】『家庭で伸ばす本当の学力』メールセミナー









